むかし「いろはかるた」というものが流行った時期があった。そう言うと「何それ」「野暮ったい」「古い古い」と言われそうだが、つい30~40年ほど前の話である。畳の上にかるたを撒き散らして、早く取ることを競い合う。今ではゲームに興じる方がブームとなり、すっかり廃れてしまったが。
 このかるた遊びは、試合のやりかたそのものよりも、そのかるたの文面に現代でも通用する、含蓄に富んだ文言が多く感心させられる。
 具体的に見ていきたい。
「い」は「犬も歩けば棒にあたる」である。これは罰を受けるのではなく、犬でも動き出   せば得るところがある、積極的に前へ出なさいという意である。
「ろ」は「論より証拠」。なるほど。なるほど。
「は」は「花より団子」。色気より食い気か。逆の人もいそうだが。
「に」は「憎まれ者、世にはばかる」である。これは現代の政治家たちのことを、的確に   当てこすっているのだろうか。本来政治というのは意義ある職業のはずなのだが。
少し飛んで
「ち」は「塵も積もれば山となる」である。少しずつの努力でも、やがて報われると言っ   ている。
 そのあとは、「老いては子に従え」「念には念を入れよ」「「楽あれば苦あり」「無理が通れば道理が引っ込む」と続く。
 途中「かったいの瘡うらみ」というのがある。後段の「身から出た錆」と同じ意か。解説は止めておこう。
 次いで「咽喉元過ぎれば熱さを忘れる」とある。そうだな、痛い失敗でもある時期過ぎると忘れてしまうものだ。これは誰彼の舌禍事件にも当てはまりそうだ。
 「芸は身を助ける」とは、われわれ「士業」族にズバリ適合しそうなものだが、なかなかそうもいかず、四苦八苦しているのが実情だ。だがおおよそは正しいのではないか。
 次の文言にはドキッとさせられた。「身から出た錆」。うーむ、これはわが身にも当てはまる節がある。あいたたた。
 この他にも含蓄に富んだ文言が、続々と流れ出てくるのが、この「いろはかるた」である。このかるた遊びが再び復活することは、まずないだろうが、せめてこのような箴言だけは、後世に語り継がれていって欲しいと考えるのは私の独断だろうか。