東日本大震災後、私はささやかながら被災障害者支援の活動に関わってきました。

 そんな中で、指定避難所となる学校がバリアフリー化されていないため、障害者にとって避難所としての役目を果たさなかったという話を多くの当事者から聞きました。

 もちろん、障害を持つ市民も我々の仲間であり、いざと言う場合に避難所を障害者が利用できないということがあってはなりません。

 そんな思いから、河北新報の「持論時論」の欄に、下記の投稿を出しました。7月13日に掲載されたものをご覧になられた方も多いと思いますが、掲載いたします。
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 6月19日、障害者差別解消法が参院本会議で全会一致で可決・成立した。一昨年に成立・施行した改正障害者基本法では、「障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものである」と明記された。それに続いて今回、差別を禁止する法律が制定されたことで、障害児・障害者の尊厳が尊重される社会に一歩近づいたと言える。
 障害者差別をなくす市民活動に30年以上取り組んできた者として、この前進をまずは喜びたい。差別解消法ができたことにより、今後の課題はこの法律を有効に活用することに移った。立法趣旨を市民も学び、今なお存在する障害者への差別をなくしていきたいと願う。
 実際、これまで障害者に健常者と等しく人権が保障されていたとは到底言い難い。それが端的に示されたのが、一昨年の東日本大震災だった。

 現在、被災地の障害者を支援する活動に関わっているが、あの震災における障害者の死亡率は健常者の約2倍に上っている。多くの障害者が災害弱者として、津波から逃げ遅れて犠牲になった。
 命が助かった障害者も、さまざまな困難に見舞われた。その最たるものが、指定避難所がバリアフリー化されておらず、障害者が避難できる場所ではなかったことだ。避難所へ行ったものの、そこでは避難生活を送れないことに気付き、やむなく引き返した障害者が多かった。われわれが一昨年秋に実施したアンケートでは、避難所で必要な支援は建物のバリアフリー化だと回答した人が、100人以上もいた。
 指定避難所は、地域で生活している誰もが避難できる場でなければならない。当然、障害者も地域社会の一員だ。非常時だからといって、障害者の存在がないがしろにされてよい訳がない。
 そして、避難所の多くは学校である。障害者基本法16条では「可能な限り障害者である児童および生徒が障害者でない児童および生徒と共に教育を受けられるよう配慮しなければならない」とされている。学校はさまざまな障害のある子どもが入学する「インクルーシブ(包含)教育」の場となることを前提に、バリアフリー化されている必要がある。

 これは、単に子どもたちだけの問題ではない。学習発表会や入学式・卒業式など、さまざまな行事に児童生徒の親・兄弟・祖父母が参加することもある。児童生徒の他にも、障害のある家族が訪問することも想定して、学校は設計されていなければならないのだ。
 震災後にあらためて気付いたのは、学校は子どもたちが学び育つ場であるだけではなく、地域のコミュニティーセンターとしての機能も有し、災害時には避難所となることだ。それにもかかわらず、学校にバリアーがあって障害児・障害者のアクセスを妨げている現実がある。障害者が生きやすくするための合理的な配慮を行政が怠っているのであり、今回成立した法律で解消されるべき対象となる障害者差別と言わざるを得ない。
 スロープ・トイレなどの設備も含めて学校をバリアフリー化していくことは、インクルーシブ教育の前提であるとともに、急務の防災対策だ。障害がある市民を地域の仲間と認めるならば、まずは地域の学校から差別の解消を実現すべきである。