2011年 1月の記事一覧

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11年01月13日 17時40分27秒
Posted by: heartful
今回は身近な街の法律家として離婚問題について書いてみました。判例をもとにしていますが,私自身の考えも付け加えています。

別居後に,女性と関係をもった夫が妻に対し離婚請求しました。

これは認められるでしょうか?別居しておいて,勝手に女性と関係を持って,離婚を請求する?勝手な言い分と思えます。

この件に関して,夫側の言い分は

離婚の理由は,妻の夫に対する無理解や虐待によって引き起こされたものであるとして,自分は離婚の原因の責任を負っているものではないとしました。

それを理由として離婚を請求したのです。

自分が別居をしたのは妻の虐待等がきっかけであり,別居後の女性関係が離婚請求の原因ではないとのことでしょう。

これに対し,妻側の言い分は

婚姻関係破綻の直接の原因は夫の女性問題であって,それにより別居に至ったのであるから,離婚原因の責任は夫にあるとしました。

妻は自分の虐待等が原因ではないとの反論です。

妻の言い分からすれば,夫側に責任があるので有責配偶者からの離婚請求は認められないのではないかとの見方ができたでしょう。

しかし,事実関係を整理したところ,実は,多忙により帰宅の遅くなった夫を,妻が家に入れない,また,事実無根の情報を会社上司に言いつけるなどの妻の夫に対する無理解な虐待行為が実際にあり,夫の言い分通り,それが別居の原因であることが分かりました。

なぜ,このようなことを妻がしたのか,詳細はわかりません。多忙で帰宅が遅くなることは,ひょっとしたらありがちなのかもしれません。

あげられた事実の中では,夫が仕事を理由に遊び歩いているわけではなく,きちんと仕事していたわけです。

しかし,帰宅の遅い夫にいら立ちを覚えたのか,家から閉め出すなどの行為は,疲れて帰宅した夫にはショックだったのかもしれませんね。

さらに,追い打ちをかけるように会社に対して,自分の夫を貶めるような行為をするなど,長い目で見ると自分の首をも占めてしまいそうな行為は,短絡的であったのかもしれません。

結局,そういう状況は婚姻関係が破たんした状況といえるとし,その後で,夫は女性と関係をもったことも明らかになり,婚姻の破たん原因が夫にないことが認められ,離婚請求は認められました。

夫の言い分がほぼ認められました。ただ,妻の行為はいただけないとしても,婚姻中でありながら,最終的に妻以外の女性に,自分の気持ちの安らぎどころを求めてしまった。複雑な気持ちにさせられてしまいます。
11年01月12日 09時29分22秒
Posted by: heartful
初めての投稿記事には事務所のホームページにも記載したものです。

私は以前,一人の進行性の全身障害がある重症の方と知り合いになったことがありました。彼は人工呼吸器をつけていますが,呼吸器をつけるようになってほとんど外出の機会に恵まれていませんでした。

その後,保護者や学校の担任の先生たちの支援,本人の努力を通じて,少しずつ外出できるようになったのです。

そして,その経験を重ね,彼はコンサートに行きたいと言えるようになるまでになりました。

久しぶりの外出,さらに大好きなアイドルのコンサートへ行くことは,彼にとっての大変感動的な出来事と思い,その様子をぜひ作詞できないかと投げかけました。

実は,私は年に1回気の合う仲間たちと一緒に障がいのある方に向けてのコンサートをしています。そのコンサートでは音楽の教師の自作による歌を歌っています。

彼に「うまい詞ができればその先生が曲をつけてくれて,私たちのコンサートで披露することができるかもしれない」と伝えてみました。そして,彼も若干乗り気で作詞することになったたのです。

しばらくして,彼から詞ができたとのメールが届きました。

詞を見て驚いたのは,その中心となるコンサートの様子だけでなく,道中の様子が事細かに書かれてあったことです。

車の揺れ,窓の景色の流れ,変化,周りの音など,車に乗ったところから,降りるところまでの様子が,実に,詞の中の半分以上の割合を占めていたのです。

コンサートの詞なのだからコンサートのことをもっと中心に書いたらいいのにと思い,彼に再考を促そうと考えました。

しかし,よくその詞を読み返すと,彼のある思いに気がついたのです。

私たちにとっては何気ない外出という行為です。しかし,彼にとって何年振りかの外出,さらに初めてともいえる遠出という体験はすべてが新鮮で,彼の眼には周りの景色が大好きなアイドル同様,きらきらと輝いて映ったのではないでしょうか?

彼にとってはコンサート会場という目的地だけがドラマであったのではなく,道中もすべてがドラマだったということがわかりました。

重症の障がいがある人にとって1回の外出は非常に貴重な経験の場であるといえます。また,自分の体験では外出自体が奇跡の場であるといえる人にも出会ったことがあります。

そう考えると,移動や外出を支援する人はその貴重な瞬間,時間を共にできる幸せを感じられる一方でその貴重な時間を共にしているという重い責任を担っています。

その貴重な幸せな空間をいかに提供するか,私たち福祉に関わる人間にはその点も期待されていると思いました。
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