友人2人と、昭和50年県採用のミニ同期会をした。ともに白髪となり、日月の速さを感じる。
 この年になると、誰々が出世したとか遅れているとかさして問題ではなく、どのように自己の人生を締めくくるかとの話題になる。
 何人かは、昔言ったところの一等級になっているが、だからと言ってあと4年もすれば県を卒業して外に出てくるわけだから、巷の実情を知ることになるだろう。
 私は○○長までなったんですよ、などと言っても「ああ、そう、それで?」と反応されるくらいが関の山だろう。なぜなら、役職はその中でのものだからである。
 思えば、50歳で県を飛び出し民間で5年働き、いまは未知の世界だった独立事業をしているが、この間の苦労や楽しかったこともすべて夢のようである。
 人はつくづく今に生きているのだと思う。
 一緒に県に入り、それぞれの職場に配属されて、それぞれ苦労したことなどを語り合ったが、それにつけても時代は変わった。
 ブレーキの遊びのような、アバウトさというか、温かい雰囲気が完全に失せてしまった感じで、これがほんとに正しい方向なんだろうかと、疑問に思う。
 アバウトであっても昔は、「俺はみんなのために頑張ってるんだ」との正義感に燃えていたからである。
 規則でがんじがらめに人を縛る時代、それが今であり、もう自由な発想など望めない時代になったのかもしれない。それとも、我らが年をとっただけなのか?
 いろんなことに思いを巡らされたミニ同期会だった。(例によって二日酔いだ!)
  宿酔の目にやさしけれ石蕗の花     風信子(ふうしんし)

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