事案は、「Xは、昭和36年5月に、テレビ・ラジオの放送会社であるYに入社し、約2ヶ月の研修の後に約24年にわたってアナウンサー業務に従事していた。Yのアナウンス部長は、Xのアナウンサーとしての能力に問題があると評価し,配転の打診をしていたところ、昭和60年3月にXは、その同意の下に報道局情報センターに異動した(第一次配転)。この部署は、基本的にアナウンス業務を所管するものではないが、Xは一部アナウンス業務にも従事していた。 昭和62年8月に、報道局情報センターは報道部に吸収され、さらに平成2年に、同センターのアナウンス部の廃止にともない(但し、アナウンサー職種は存続している)、アナウンサーを他の部署に配置するため、Xを含む3名が異動対象となった。Xは最初、会社の説得を拒否していたが、同年5月にテレビ編成局番組審議会事務局図書資料室への配転を命じられた(第二次配転)。Xは、この配転の効力を留保しながら、新職場で勤務した。 なお、Yの就業規則には配転規定があり、アナウンサーはほとんど40歳代までに他の職種へ配転していた。また、労働協約には配転時の労働者の意向尊重規定があり、配転時には当人の意向が尊重され、その同意がない場合には配転をしないとの運用がされていた。 Xは、アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位確認を請求したもの」である。
 これは、九州朝日放送事件であるが、最高裁(最判H10,9,10)は、原審の判断を是認して、Xの上告を棄却した。
 (原審の判決)
 Xの請求が認められるためには、労働契約においてアナウンサーとしての職種の限定がなければならず、単に長年アナウンサーとしての業務に従事していたというだけでは足りない。しかし、Xの採用時には、アナウンサーとしての特別の技能や資格は要求されておらず、労働契約においてアナウンサーとしての職種限定の合意があったとはいえない。就業規則や労働協約においてもアナウンサーが配転の対象から外されておらず、また、アナウンサーについても一定年齢に達すると他職種への配転が頻繁に行われていた。このことからYには、業務上の必要がある場合には、労働者の個別的な同意なしに配転を命令する権利が与えられていたと解される。Xは、長年にわたってアナウンス業務に従事していたが、労働契約締結後に職種限定が合意されたと認めるに足る証拠はないし、情報センターの部長の発言は職種限定の保証を行ったものとは解せない。
 なお、本件の第一審判決は、Xの同意を得て行われた第一次配転により既に職種変更が行われたとして、Xの請求を棄却しており、結論は同じであるが、論理構成が異なっていることに注意を要します。