事案は、「Xは、Y社の本社工事部に所属して、約20年、建築工事現場における現場監督業務に従事してきた。Xは、平成2年夏、バセドウ病に罹患している旨の診断を受け、その後、通院して治療を受けていたが、Y社に対してバセドウ病に罹患していることを告げなかった。Xは、平成3年2月まで現場監督業務を続け、同年2月以降8月まで、次の現場監督業務が生ずるまでの間の臨時的、一時的業務として、Y社の本社工務監理部において図面の作成などの事務作業に従事していた。Xは、同年8月、F市の工事現場において現場監督業務に従事すべき旨の業務命令を受けたが、バセドウ病であることを理由に、現場作業には従事できないこと、残業は午後6時までとすること、日曜、祭日、隔週土曜を休日にすることの3条件を、Y社に示した。その後、Y社の求めに応じ、Xは、主治医が作成した診断書と自ら病状を記した書面を、Y社に提出した。Y社はこれらから、Xが現場監督業務に従事することは不可能であると判断して、Xに対して自宅治療命令を発した。同命令は、約4ヶ月継続し、その間、Xは就労せず、Y社は賃金を支給しなかった。なお、Xは、自宅治療命令が発せられている期間中に、事務作業はできるとして、再度診断書を提出している。 Xは、Y社に対し、自宅治療命令は無効であるとして、不就労期間中の賃金支払を請求したもの」である。
 これは、片山組事件であるが、最高裁(最判H10,4,9)は、次のように判示して、Xの賃金請求権を否定した原判決を破棄し、差戻した。
 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。
 本判決からは、疾病を理由に現在の職務に従事できない労働者に対して、再配置を行う義務が使用者にあることを、読み取ることができます。